そもそも教育が必要な理由って何なの?目的や意味を考えてみた

学校だのホームスクールだの不登校だの、教育問題について深く考えさせられたこの数年ですが、時々「なんで教育が必要なのか?」というそもそも論に行ってしまうことがありました。あれこれ調べたり考えたりして私自身が落ち着いた教育の必要性についての考え方について書いてみたいと思います。
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結論から言うと教育は必要だと思っている

18世紀の哲学者イマヌエル・カントは、
「人は教育によって人間になる」
と言ったそうです。

ヒトという生物は、
ただ生まれたままの状態で、文化的な刺激を受けないままであれば、
文字も読めないまま、
文化的な活動もしないまま、
原始的な生活をすることになってしまうのではないでしょうか。

人類の歴史の中で、
昔の人の様々な画期的な発明があり、
その積み重ねが、人々の生活を変えてきました。

こうした何千年分のご先祖様達の知恵を知らずにいたら、
昔の人と同じ課題にぶち当たっても自力で解決しなくてはなりません。
それでは折角の人類の積み重ねがもったいないです。

人生何年あっても足りなくなってしまいます。。
なので、先人の知恵に学ぶことは大切だと思います。

教育の役割の1つは、ご先祖様の見つけた発見を知り、新たなページを創造する力をつけることなんじゃないか?

たとえば農業だったら、
歴史上、採集生活から、次に農業が始まり、
人力で耕していた畑は、いつしか牛や馬で、さらには機械で耕すことが出来るようになり、
さらに現代では、化学や遺伝子工学の力で、
昔の人には想像もつかないようなことも出来るようになっています。

こうした長い歴史の中で得られた文明や文化の果実を、
世代を超えて伝えていくことが、
教育の一部の機能ではないかと思っています。

そして、可能なら、子ども達の創造性を刺激して、
新しいものを創造し、
歴史に新たなページを書き込めたら良いだろうと思います。

文化も進化し遺伝する

イギリスの進化生物学者、リチャード・ドーキンスの「利己的な遺伝子(The Selfish Gene)」という本には、
「ミーム(meme)」という概念が出てきますが、
これは、文化も進化するという考えのもと、
文化的進化における「遺伝子」的なものを表現しているのだそうです。
上で言った、
「長い歴史の中で得られた文明や文化の果実を世代を超えて伝えていくこと」
の「果実」のことかな、と思っています。

ミームは時代とともに進化するとのことです。

たとえば、
原始時代は火の起こし方が重要だったけど、
現代では煮炊きの火はスイッチ一つでコントロールできますし、
火おこしより情報の取り扱い方の方が重要なスキルだったりします。

ヒトが人間になるために必要な情報という果実の質も量も、
時代とともに変化するということだと思います。

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教育によって世代を超えて伝える情報は狭い意味での学問だけにとどまらない

こうして、目まぐるしく変化する情報果実ですが、
子供は前の世代から、
こうした情報果実を受け取る機会を持つことが必要です。
それがつまり、教育、ということなのかな、
と思っています。

その情報には、狭い意味の学問的な情報だけではなくて、
人と人との関わり方や、
生活の知恵や、
生きていく上で役に立つあらゆる情報が含まれていると思います。

学校だろうと、ネットの動画だろうと、寺子屋だろうと、
何でも良いんですが、
子どもには、何かの情報的刺激が必要だと思いますし、
それを伝えてくれる大人が必要だと思っています。

では、どんな教育が必要なのか?

アメリカの未来学者、ジェレミー・リフキンの一連の著書を読むと、
今の時代は、
情報とエネルギーの変革による、
「第三次産業革命」
の真っ最中であることが理解できます。

現在行われている一般的な教育は、
画一的な作業を、
決まった時間内に、
黙々と疑問も持たずに続けることの出来る、
第二次産業革命の工場労働者を大量に確保するために作られたもの、だそうです。

もうその時代は終わりを迎えています。

第三次産業革命の時代につけていくべき力としては、
私の理解した限り、

・人と協調しながら問題解決をしていく力
・自然環境や他の生き物と共感し共生するマインド
・大量の情報を取捨選択し、幅広い情報を組み合わせて新しいアイデアを生み出す能力

などではないかと思います。

つまり、現行の教育制度が出来た頃とは、
伝えるべき情報果実の質も量も変化してしまっている、
ということだと思います。

第三次産業革命の時代に必要な力を、
古い時代に適応した教育法で身につけることは、
なかなか難しいだろうと思います。
なので、今の教育に疑問を感じる人が増えていても、
全く当然のことだと思うのです。

不登校になる子が年々増えているのも、
時代の変わり目を敏感に察知する子が増えているからではないかと思っています。

今までとは違う教育法が、切実に求められているのだと思います。